コロナ禍長期化での高齢者受診控えによる将来的健康リスク・医療費増加の可能性指摘 早稲田大学

 早稲田大学商学学術院の富蓉准教授らの研究グループは、後期高齢者医療制度の加入者189万人のビッグデータの解析により、長期化するコロナ禍での高齢者による受診控えにより、将来的健康リスク・医療費増加の可能性が示されたと発表した。
 同研究では、パンデミック収束期における高齢者の受診控えを把握するため、後期高齢者医療制度の加入者189万人の約1億9千万件の医療レセプトと所得情報が結合されたビッグデータを使った分析が行われた。
 分析の結果、まん延防止等重点措置の下でも外来受診はわずかに減少しただけで、1日当たりの医療費には大きな変化は見られなかった。歯科以外の医療サービス利用には所得による大きな差がなく、国民皆保険制度がコロナ禍のような危機的状況下でも医療アクセスの公平性を担保していたことがわかった。
 その一方で、歯科診療では、感染の深刻化に伴い低所得層で受診控えの傾向が顕著にみられた。同研究は、パンデミック後期における医療サービスの高齢者の利用状況について新たな知見を提供するもの。世界で最も高齢化が進んでいる日本の経験は国際的にも有益である。
 これらの研究結果は、公衆衛生上の危機や自然災害などの収束期や復興期における医療政策のあり方に重要な示唆を与えるものとして注目されるこれらの研究成果は、4月22日にネイチャー・リサーチ社発行の『Scientific Reports』誌にオンライン掲載された。
 コロナ禍の長期化に伴う高齢者の受診控えは、将来の健康リスクや医療費増加につながる懸念がある。同研究では、後期高齢者医療制度の加入者189万人分の医療レセプトと所得情報を用い、パンデミック収束期(図1)の受診行動を分析した。
 その結果、まん延防止等重点措置下でも外来受診の減少は軽微で、1日当たりの医療費にも大きな変動は確認されなかった。また、歯科以外の医療サービス利用には所得差がほとんど見られず、コロナ禍における国民皆保険制度による医療アクセスの公平性が示唆された。
 一方、歯科診療では低所得層で顕著な受診控えがみられた。

図1:新型コロナウイルス感染者数と政府の緊急対応策

図1のグレーの部分は本研究の対象期間を示す。図Aの縦軸は感染者数、図Bの縦軸は緊急事態宣言(State of Emergency: SoE)とまん延防止等重点措置(States of Precautionary Emergency:SoPE)を実施した都道府県の数を示す。

 パンデミック初期には、感染への恐れや緊急事態宣言の影響により、世界各国で医療機関の受診控えが見られた。日本においても、2020年に発令された緊急事態宣言の下、さまざまな医療サービスの利用が大幅に減少した。
 こうした受診控えは特に高齢者において顕著であり、慢性疾患の管理や必要な受診の遅延による健康への悪影響が懸念された。パンデミック初期の受診控えについては多くの研究が存在する一方で、コロナ禍が長期化する中、パンデミック後期における医療サービスの利用状況、特に世界で最も高齢化が進んでいる日本に関する知見は限られていた。
 同研究では、コロナ禍が長期化する中、感染収束期においてもパンデミック初期に発生したような高齢者による医療サービスの受診控えが起こっていたのかという疑問に答えるため、後期高齢者医療制度の加入者約189万人の約1億9千万件の医療レセプトと所得情報が結合されたビッグデータを使った分析を行った。この時期は、比較的毒性の弱いオミクロン株の出現と流行、ワクチン接種の急速な普及、そして、緊急事態宣言からより緩やかなまん延防止等重点措置への移行などによって特徴付けられる。分析の結果、明らかになったポイントは次の通り。

◆まん延防止等重点措置が実施時は、医療サービスの利用が全体で0.73%ポイント、外来受診で0.77%ポイント減少していた。これはパンデミック初期の受診控えと比べると、ごくわずかな減少幅に留まっている。このように、わずかながら受診控えが起こった一方で、1日当たりの医療費にはほとんど変化が見られなかったため、受ける医療サービス内容は変わらなかったことを示している。

◆高齢者の居住地域での、まん延防止重点措置実施と医療サービス利用との関係は、その地域での感染状況によって異なっていた。感染状況が深刻化している地域で措置が実施されていなければ、医療サービスの利用が減少するのに対し(図2のパネル(1)、中央段)、措置が実施されている場合には、高齢者の医療サービス利用が増加に転ずることがわかった(図2のパネル(1)、最下段)。
 つまり、措置の実施により、高齢者の公衆衛生上の安全プロトコルへの信頼、医療供給体制の危機管理能力、高齢者自身によるリスクに対する適応能力が改善・向上したことを示す可能性がある。

◆図2が示すように、異なる所得階層間で、歯科以外の医療サービスへのアクセスに大きな差はなかった。これは、国民皆保険制度が、コロナ禍などの公衆衛生上の危機や自然災害などの有事の際に必要な医療サービスへのアクセスの公平性を担保し、所得などの社会経済的状況の差による健康への被害を最小化するのに相当程度機能したことを示唆している。

●他方で、歯科診療では、感染拡大下でまん延防止等重点措置が実施された場合、低所得層(Q1)の受診回数の減少幅が-0.217%ポイント(図2のパネル(4)、最下段)と最も大きく、高所得層(Q5)の-0.140%ポイントと比べると、その差は顕著であった。まん延防止等重点措置が実施されない場合でも、同様に、低所得層(Q1)で-0.084%ポイント、高所得層(Q5)で-0.069%ポイント(図2のパネル(4)、中央段)と、歯科診療については、措置の実施の有無にかかわらず、低所得層ほど感染拡大に伴う受診控えが深刻であることがわかった。

図2:所得階層別の医療利用パターンの違い

 図2は、政府対策実施の有無による医療サービスの利用と1日当たり医療費の差を、5分位所得階層別に示している。縦軸は、①「SoPE」がまん延防止等重点措置が実施された場合、②「Cases w/o SoPE」が感染が拡大する中でまん延防止等重点措置が実施されなかった場合、③「Cases w/ SoPE」が感染が拡大する中でまん延防止等重点措置が実施された場合をそれぞれ示す。横軸は、①~③について、(1)医療サービス全体、(2)入院、(3)外来、(4)歯科それぞれの利用確率の差、及び、 (5)医療サービス全体、(6)入院、(7)外来、(8)歯科の1日当たりの医療費(単位:万円)の差額を示す。
 たとえば、①では、まん延防止等重点措置の実施された場合、実施されたなかった場合に比べ、各医療サービス利用に何%ポイントの差があり、1日当たりの医療費が何万円の差があったかを示す。

 同研究が得た結果は、感染症のみならず自然災害などが発生し影響が長引く場合、その収束期や復興期における医療政策のあり方に重要な示唆を与える。特に、21世紀に一層深刻化するグローバル・エイジングのもと、世界で最も高齢化が進んでいる日本の経験は国際的にも有益な教訓となると考えられる。同研究が示唆する社会的影響は、次の事項が考察される。

◆コロナ禍が長引き人々が「パンデミック疲労」に陥る中では、まん延防止等重点措置に代表される安全性強化プロトコルとモバイルサービスや遠隔医療などを活用した柔軟な医療提供との組み合わせによって、医療サービスへのアクセスを維持促進することが、受診控えを抑制する有効な手段となりうる

◆国民皆保険制度は、有事に際し必要な医療サービスへのアクセスの公正性を担保し、所得など社会経済的状況の差による健康への被害を最小化する役割の一端を果たす

◆高齢者、子ども、障がい者など健康リスクの高い人々の医療サービスの利用状況を平時からモニタリングし、有事の際、早期発見・早期警告できるようなシステムの構築が求められる

◆有事の際、歯科診療などをはじめとする予防的医療サービスへのアクセスに格差が生じさせないための支援策の充実が必要

 なお、同研究にはいくつかの限界がある。まず、分析の対象はコロナ禍が収束するパンデミック後半まで生き延びた高齢者に限定されるため、受診控えが健康に与えた影響を過小評価している可能性がある。また、リスクに対する認識などの個々の受診行動に影響を与える可能性が高い要因を考慮していない。
 残る課題としては、死亡や新たな疾患の発生などの健康アウトカムを検証することが求められている。高齢社会における公衆衛生上の危機や自然災害など有事への備えとして、高齢者、子ども、障がい者など健康リスクの高い人々の医療アクセスを担保するための政策的アプローチの開発と評価が重要な課題となると考えられる。

◆研究者のコメント
 本研究では、長期化する公衆衛生上の危機に際し、高齢者がどう医療サービスを利用したかを明らかにした。日本の国民皆保険制度は相当程度寄与していることが分かったが、他方で歯科診療などの予防的医療で社会経済的格差が存在することも明らかになった。地球環境が大きく変動する中で、今後、同じような危機が発生することが予想される。
 COVID-19パンデミックの経験と知見を、将来私たちが直面するであろう健康危機に対応可能な医療システムの強化に活かしていかなければならないと考えている。

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