新たな脱アシル型クロスカップリング反応の開発に成功 早稲田大学理工学術院

医薬品合成や材料科学への応用に期待

図1:同研究成果である芳香族ケトンのクロスカップリング反応

ノーベル化学賞を受賞した「2つの化合物を金属触媒によりつなげるクロスカップリング反応」は、より広範な化合物に利用できる次世代型反応の開発が求められている。こうした中、早稲田大学理工学術院の山口潤一郎教授の研究グループは、新しいクロスカップリング反応である「脱アシル型(ケトンを取り除き他の化合物に変換する)クロスカップリング反応」を開発し、基礎化学品である芳香族ケトンを多様な相手と反応させる手法を確立した。
 この新手法により、従来の用いることができなかった芳香族ケトンがクロスカップリング反応に利用できるようになった。ケトンを効率的にエステルへ変換したことが同反応のポイントであり、研究グループが精力的に開発していたカップリング条件によりワンポットで多彩な脱アシル型反応を実現。医薬品合成や材料科学における応用が期待される。
 なお、同研究成果は、Cell Press 社『Chem』のオンライン版に7月29日(現地時間)掲載された。
 ノーベル化学賞を受賞したクロスカップリング反応は、医農薬や有機電子材料の重要な役割を果たす芳香族化合物の合成に大変有効で、クロスカップリング法の進展により簡便かつ安価に合成できるようになった。
 これらの方法は、一般的に求電子剤と呼ばれる芳香族化合物に遷移金属触媒存在下で様々な化合物と反応させるもの。従来はそれらの芳香族化合物は、炭素―ハロゲン結合をもつハロアレーンのみであった。
 近年、炭素―酸素、炭素―窒素結合などをもつ芳香族化合物のクロスカップリング反応が開発された。最近では、炭素―炭素結合をもつ、芳香族エステルや、アミド、ニトリルなどの化合物も利用できる次世代型クロスカップリング反応が開発されている。
 だが、この次世代型クロスカップリング反応の原料として、同じく炭素―炭素結合をもつ芳香族ケトンは学術的に最も挑戦的な芳香族化合物とされており、クロスカップリングに利用できる良い手法は報告されていなかった。
 芳香族ケトンは様々な化合物の合成に利用できる基礎化学品であり、これらをクロスカップリング反応の反応剤として用いることができれば、既存の合成手法を一新できる可能性があり社会的にも求められていた。

図2:クロスカップリング反応

 今回の研究では、芳香族ケトンをクライゼン縮合および逆クライゼン縮合という古典的な反応をうまく活用し芳香族エステルに変換し、これを多様な化合物と反応させるワンポットプロセスを開発した。
 この手法により、結果的に、脱アシル型(ケトンを取り除き他の化合物に変換する)クロスカップリング反応の開発に成功した。
 研究のポイントとなる手法は、ケトンをエステルに変換するプロセスにある。具体的には、芳香族ケトンをクライゼン縮合によりエステル化し、その後、逆クライゼン縮合を行うことで、芳香族エステルを生成する。
 芳香族エステルは、次世代型クロスカップリング反応の進展のなかで、同研究グループを中心に、精力的に研究が進められ、独自のパラジウム触媒やニッケル触媒(主にパラジウム/ニッケルdcypt触媒)により、多彩な化合物と反応できることがわかっていた。
 従って、この ①ケトンをエステルに変換するプロセスと ②エステルを他の化合物に変換するプロセスを組み合わせることにより、困難な脱アシル型カップリングを実現できると考えた。
 だが、①のプロセスを化学選択的に進行させることができなければ、混合物しか得られない。今回、フェニルピコリン酸エステルという化合物を用いることで、高い収率でいろいろなケトンをフェニルエステルに変換できることを新しく発見した。
 その中で、②のプロセスにつなげる段階で1つ問題が生じた。①の反応での副生成物が、②のプロセスを阻害することがわかった。そこで、同研究グループは、①のプロセス終了後、安価な酢酸亜鉛を加えたところ、副生成物は溶媒に溶けない化合物へと変化し、②のプロセスが効率的に進行することを見つけた。結果的に、パラジウム触媒やニッケル触媒をつかって、7つの相手(反応剤)と反応させることに成功し、多彩な反応剤との脱アシル型カップリング反応の開発に成功した。

図3:同研究で開発した脱アシル型クロスカップリング反応

 同研究成果は、医薬品合成や材料科学などの広範な分野において応用が期待される。これまで、脱アシル型カップリング反応はありったが、一般的な芳香族化合物に、様々な相手を一工程で反応させるものはなかった。これを変換できるようになったため、様々な化合物の合成方法論を一新できる発見になると考えられる。
 今回、ワンポットプロセスにより困難であった脱アシル化反応を実現したが、ケトンをより直接変換できる触媒の開発はより高難度である。環境負荷を考慮すると副生成物を生じない方法も求められる。
 また、このケトンをエステルにする手法は収率をよく進行させるためには現在150度の高温が必要であり、より低温で進行する手法の開発も進めてられている。

◆山口潤一郎教授のコメント
 この成果は、早稲田大学に着任前後から、私たちの研究グループが長年取り組んできた努力の結晶である。ようやくラスボスである芳香族ケトンの攻略に成功した。例えるなら、クロスカップリング反応に新たな”食材”と新しい”レシピ”を提供したこととなる。
 今後は、新しい触媒の開発により、化学反応の効率を大幅に向上させ、多くの分野での応用を期待したい。

タイトルとURLをコピーしました