ドクタートラストは、2023年度の累計211万人超のストレスチェックデータ分析結果を公表し、キャリア教育、上司のリーダーシップなどの項目が大きく改善したことを明らかにした。
同社のストレスチェック研究所では、ストレスチェックサービスを利用した累計受検者211万人超のデータを活用し、さまざまな分析を行っている。今回は、2023年度にストレスチェックサービスを利用した受検者のうち、47万人超の有効回答結果を分析し、従業員のストレス度合の変化を調査したもので、次の調査結果概要が判明した。
◆不良な結果となったのは「ワーク・セルフ・バランス(ポジティブ)」「仕事の質的負担」「仕事の量的負担」
◆良好な結果となったのは「職場のハラスメント」「抑うつ感」「役割明確さ」
◆2022年度と比較して、「キャリア形成」「上司のリーダーシップ」「多様な労働者への対応」「ほめてもらえる職場」「公正な人事評価」の5尺度が大きく改善された
ストレスチェック制度は、2015年12月以降、従業員数50名以上の事業場で年1回の実施が義務づけられている。制度開始から8年が経過し、当初の設問数57項目版ではなく、ワーク・エンゲイジメントなどが測定でき、職場環境改善により効果的な80項目版が主流となった。ドクタートラストでも、設問数80項目版を提供し、国内トップクラスの受検者数を誇っている。今回の調査では、2023年度にドクタートラストでストレスチェックを受検した47万9612人の最新結果、経年比較の分析結果が公表された。結果の詳細は、次の通り。
1、 受検率と高ストレス者率~高ストレス者率は13%台で安定しているが、10%未満を目指してほしい~
図1
図1は、2019年度~2023年度の受検率および高ストレス者率である。受検率とはストレスチェック受検対象者に対して何人が受検をしたかを表した割合だ。それぞれの受検率は、各年度にドクタートラストでストレスチェックサービスを利用した受検者における受検率を示している。
2023年度の受検率は87.5%で、前年度と比較し0.3%減少しているが、2020年度以降87%を超え、高受検率を維持している。
高ストレス者とは、ストレスチェックの結果、「ストレスの自覚症状が高い」または「自覚症状が一定程度あり、かつ仕事の負担と周囲のサポートの状況が著しく悪い」とされた人を指す。また、高ストレス者率は、受検者に対して何人が高ストレス者だったかを表した割合である。
2022年度の高ストレス者率が13.8%であるのに対し2023年度は同13.7%で大きな変化は見られなかった。一方で、厚労省「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度 実施マニュアル」では、高ストレス者の判定基準として、高ストレス者の割合が受検者全体の10%程度となるように設計されている。
会社の状況や業務の特性、プライベートな要因などストレスの原因となりうるものは多岐にわたる現代においては、一人ひとりが自分にあったセルフケアを身につけ、企業においては産業医や保健師、外部相談窓口の設置や各種研修の実施など、個人としても会社としても対策を継続していくことが必要であるといえるだろう。
2、各尺度の経年変化(不良尺度)~仕事の質・量のストレスが私生活にまで影響を及ぼしている~
ストレスチェックは、80の各設問に対して「そうだ」、「まあそうだ」、「ちがう」、「ややちがう」の4択形式で回答し、全42尺度を算出する。
図2
図2は、2023年度の不良10尺度を示したグラフである。数値は大きいほど不良(好ましくない)、小さいほど良好(好ましい)を示している。
2023年度に最も不良だったのは「ワーク・セルフ・バランス(ポジティブ)」で、以下「仕事の質的負担」「仕事の量的負担」と続いた。この並びは2022年度と比較して変化はない。
「ワーク・セルフ・バランス(ポジティブ)」は、設問「仕事でエネルギーをもらうことで、自分の生活がさらに充実している」への回答状況から算出する。
ドクタートラストでは、「ワーク・セルフ・バランス(ポジティブ)」が最も不良な尺度であるのは、新型コロナウイルス感染症によるイベントの自粛や制限によって、プライベートを充実させるのが難しいためだと考えてきた。だが、新型コロナウイルスが感染症法上の5類に移行されたことによって、プライベートを充実させやすい環境になってなお最も不良な尺度であるため「仕事の量的負担や質的負担を原因とするストレスが私生活にまで悪影響を及ぼしていると感じている人が多い」と推察する。
3、各尺度の経年変化(良好尺度)~セクハラは減少したもののハラスメントの件数は変わらない~
図3
図3は2023年度良好だった10尺度を、平均点が低い(好ましい)順に示したグラフである。2023年度も2022年度に続き「職場のハラスメント」が最も良好な尺度となった。この尺度は、設問「職場で自分がいじめにあっている(セクハラ・パワハラを含む)」への回答状況から算出している。
2022年4月から規模を問わずハラスメント対策が義務化されており、ストレスチェックの結果では、良好傾向に推移している。一方では、全国の企業と労働者を対象に2023年12月~2024年1月に実施した厚生労働省の調査によると、過去3 年間の、労働者から企業側への各ハラスメントの相談件数については、セクハラ以外では「件数は変わらない」の割合が最も高く、セクハラのみ「減少している」が最も高いという結果がでている。
引き続き、会社としても個人としてもハラスメントへの意識を高めるとともに、ハラスメントセミナーの実施など、さまざまな施策への継続的な取り組みが必要といえるだろう。このほか「抑うつ感」「役割明確さ」さらに「身体愁訴」なども上位に挙がった。
経年で特に差が生じた5つの尺度
2023年度の結果のうち、2022年度とくらべて最も大きな差が生じた5尺度をご紹介する(括弧内の数値は2022年度にくらべて、どれくらい良好に変化したかを示している)。
【良くなった項目】
① キャリア形成(+1.5%)
② 上司のリーダーシップ(+1.4%)
③ 多様な労働者への対応(+1.2%)
④ ほめてもらえる職場(+1.0%)
⑤ 公正な人事評価(+0.9%)
なお、2023年度は全体的に良好傾向で、大きく「悪化した項目」はなかっった。
1、キャリア形成
キャリア形成は、設問「意欲を引き出したり、キャリアに役立つ教育が行われている」への回答状況から算出する。(図4)
図4
図4のとおり、良好回答をした割合が2022年度にくらべて1.5%増えた。また、2019年度から良好回答をした割合は増加の一途をたどっている。具体的には5年間で6.5%増えた。
2、 上司のリーダーシップ
上司のリーダーシップは、設問「上司は、部下が能力を伸ばす機会を持てるように、取り計らってくれる」への回答状況から算出する。(図5)
図5
図5のとおり、良好回答をした割合が2022年度にくらべて1.4%増えた。また2019年度から良好回答をした割合は増加の一途をたどっている。具体的には5年間で5.4%増えた。
3、多様な労働者への対応
多様な労働者への対応は、「職場では、(正規、非正規、アルバイトなど)色々な立場の人が職場の一員として尊重されている」への回答状況から算出する。(図6)
図6
図6のとおり、良好回答をした割合が2022年度にくらべて1.2%増えた。
4、ほめてもらえる職場
ほめてもらえる職場は、設問「努力して仕事をすれば、ほめてもらえる」への回答状況から算出する。(図7)
図7
図7のとおり、良好回答をした割合が2022年度にくらべて1.0%増えた。また、2019年度から良好回答をした割合は増加の一途をたどっている。具体的には5年間で4.3%増えた。
- 公正な人事評価
公正な人事評価は、「人事評価の結果について十分な説明がなされている」の回答状況から算出する。(図8)
図8
図8のとおり、良好回答をした割合が2022年度にくらべて0.9%増えた。
最後に
2023年度のストレスチェックデータを前年度と比較した結果、変化の大きかった上位5尺度はすべて良好傾向に変化していた。その中でも今回は「上司のリーダーシップ」「ほめてもらえる職場」「公正な人事評価」など、上司にまつわる項目での良好回答が増えており、職場環境改善に取り組もうとする企業の意識も高まっていることが推察できる。
職場環境改善には上司の役割がとても重要であり、労働人口に減少傾向がみられる現代において、従業員を大切にしなければならないという考えから、行動が変化している状況が表れているのかもしれない。
今後は、従業員を大切にすることに重きを置きつつも、仕事の質やパフォーマンスをあげて成果につなげていくために何が必要かを考えることが、企業が発展していく上で重要になってくると考えられる。
ストレスチェックはこれまで、働く人々のストレスの状態を知るための調査という側面が強かったのに対し、制度開始から8年が経過した現在は、職場の現状を可視化し職場環境の改善につなげるという、もう一つの側面を重要視する流れに移り変わっている。ストレスチェックの結果は非常に重要なデータが詰まっているので、ぜひ多くの企業で職場環境の把握と改善に取り組むためのきっかけにしていほしい。
文責:服部恭子氏(ストレスチェック研究所 主席アナリスト)