将来の転倒および骨折の予防と健康寿命の伸長に期待
岐阜大学大学院医学系研究科消化器内科学分野清水雅仁教授、三輪貴生医師らのグループは29日、肝硬変患者における転倒および転倒に伴う骨折の実態とアニマルネーミングテスト(ANT)で評価した神経機能との関連を明らかにしたと発表した。
ANTは、「一分間に動物の名前をいくつ回答できるか」とういうシンプルな神経機能検査で、同検査を用いた肝硬変患者の転倒および骨折リスクの把握が、将来の転倒および骨折の予防と健康寿命の伸長に寄与することが判った。
肝硬変患者はサルコペニア、フレイル、肝性脳症などにより転倒リスクが高いことが知られている。
従って、肝硬変患者の転倒および転倒による骨折を予測し、未然に防ぐための方策が必要だ。だが、肝硬変患者の神経機能と転倒および転倒に伴う骨折の関連については調査が不十分であった。
同研究では、肝硬変患者94名を対象とし、転倒および転倒に伴う骨折の実態を明らかにし、欧州肝臓学会の推奨するANTを用いて神経機能との関連を検討した。年齢中央値72歳の肝硬変患者において19%が1年以内に転倒しており、5%が転倒に伴う骨折をしていた。転倒あるいは骨折既往を有する肝硬変患者のANTの結果は、転倒や骨折既往のない患者と比較して有意に数が少ないことが明らかとなった。
また、receiver operating characteristic解析では、転倒あるいは骨折と関連するANTのカットオフ値として11点が抽出され、ANT11点を基準として有意に転倒あるいは骨折の割合が異なることが示された。
重回帰分析の結果、ANTの結果に関連する因子として年齢と学歴が抽出されたが、干支を使用したかどうかは関連がなかった。
本邦の肝硬変患者におけるANTの正常値は十分に調査されていないことから、今後本邦の肝硬変患者においてANTを標準化するにはこれらの因子を考慮したカットオフ値の設定も検討すべきであると考えられる。
三輪氏らの研究により年齢中央値72歳の肝硬変患者の19%が過去一年間に転倒しており、5%が転倒により骨折していることが明らかになった。また、転倒や骨折はANTで評価した神経機能と関連があることが示唆された。
同研究成果から、ANTを用いて肝硬変患者の転倒および骨折のリスクを把握することで、将来の転倒および骨折の予防と健康寿命の伸長に寄与することが期待される。これらの研究成果は、21日にScientific Reports誌で発表された。
転倒と転倒による骨折は一般的な医療問題であり、移動能力の低下、それに伴う医療費の増加、予後と関連している。2017年には世界で60万人以上が転倒をきっかけに死亡したと報告されており、転倒を未然に予防することは喫緊の課題と考えられる。転倒の一般的なリスク因子には、高齢、神経筋疾患、鎮静薬の使用、下肢筋力低下などがあげられるが、さらに肝硬変患者ではサルコペニア、フレイル、および肝性脳症も転倒につながることがある。
従来肝性脳症の検査法として様々な診断ツールが用いられているが、ANTは「1分間に回答できる動物の数」により評価する神経機能検査であり、検査に必要な時間が短いことや検査機器が必要ないことから欧州肝臓学会で推奨されている唯一の肝性脳症の簡易検査法である。
だが、本邦におけるANTの検討は不十分であり、特にANTの結果と転倒および転倒による骨折との関連については検討されていない。
同研究では、本邦の肝硬変患者を対象として過去一年間の転倒および転倒による骨折の既往の実態とANTで評価した神経機能との関連について検討した。
具体的には、肝硬変患者94名を対象に、過去一年間の転倒および転倒に伴う骨折について調査し、ANTとの関連や、ANTの結果に影響を与える因子についての検討を行った。
参加者の年齢中央値は72歳で、30%が女性であった。そのうち過去1年間の転倒は19%、転倒に関連した骨折は5%の患者で認めた。同研究結果により肝硬変患者の約2割が転倒しており、転倒した患者の4人に1人は骨折していることが明らかとなった。
従って、転倒の高リスク患者を同定し、骨折とそれに伴う生活の質の低下を予防することが必要であることが示唆された。
次に、肝硬変における転倒とANTとの関連について検討した。転倒した患者は転倒のない患者と比較してANTで回答できた動物の数が有意に少ないという結果であった(18 vs. 11; p < 0.001)。
また、転倒に伴う骨折に関しても骨折既往のある患者はそうでない患者と比較してANTで回答できた動物の数が有意に少ないという結果であった(16 vs. 8; p < 0.001)。
Receiver operating characteristic解析では、転倒あるいは転倒に伴う骨折に関連するANTのカットオフとして11点が抽出され、11点以下の群では11点より大きい群と比較して有意に転倒(56% vs. 11%; p < 0.001)と転倒に伴う骨折(28% vs. 0%; p < 0.001)の割合が高いことが明らかとなった(図1)。
転倒に関連する因子について多変量解析を行うとANT(オッズ比0.78; 95%信頼区間0.65-0.93)、女性、フレイルの指標であるKarnofsky performance status が独立して転倒に関連する因子であった。
また、転倒に伴う骨折に関してもANT(オッズ比0.78; 95%信頼区間0.65-0.93)が有意な因子であった。この結果からANTの結果は年齢やフレイルなどといった既知のリスク因子とは独立した転倒に関連する因子であることが明らかになった。
さらに、ANTは年齢と独立して転倒に伴う骨折に関連する因子であった。つまり、ANTの結果が悪いと転倒や転倒に伴う骨折を経験する確率が高いことが明らかとなり、ANTを評価することで転倒や転倒に伴う骨折のリスク評価に有用である可能性が示唆された。
本邦において肝硬変患者におけるANTの有用性は検証されていないため、ANTの結果に関連する因子について検討を行った。重回帰分析では、年齢、教育年数がANTの結果に影響を与える因子であることが明らかになり、一方で回答する際に干支を使用したかどうかは有意な因子ではなかった(図2)。
ANTは、肝性脳症を評価するための簡易な神経機能検査として世界で標準的に使用されているが、今後本邦においてANTを標準化するにはこれらの因子を加味したカットオフ値の設定が必要であることが示唆された。
これらの結果から、年齢中央値72歳の肝硬変患者において19%が転倒歴、5%が転倒に伴う骨折歴を有し、転倒や転倒に伴う骨折歴のある者はそうでない者と比較してANTで評価した神経機能が低下している可能性が高いことが示された。
ANTは、肝性脳症の標準的な検査法であり、ANTに基づく転倒予防の生活習慣指導や肝性脳症の評価及び治療に伴う転倒リスクの軽減につなげる必要があることが示唆された。
また、同研究により本邦の肝硬変患者におけるANTの検査結果に影響する因子が示され、今後本邦の肝硬変患者に対してANTを標準化していく上での課題も明らかになった。
同研究結果により、肝硬変患者における転倒や転倒に伴う骨折の実態とANTで評価した神経機能の関係が明らかになり、転倒リスクの評価や転倒予防に寄与することが期待される。
同研究により、肝硬変患者の約2割に転倒歴があり、ANTで評価した神経機能と関連していることが明らかになった。ANTを用いた神経機能の評価により、肝硬変患者における転倒リスク評価法の策定、高リスク患者での生活指導を含む転倒予防、肝性脳症評価治療による転倒リスクの軽減につながり、肝硬変患者の健康寿命の延長と生活の質の維持に寄与することが望まれる。
今後、ANTと肝性脳症を含むアウトカムについても検討し、本邦の肝硬変患者のアウトカムを評価あるいは改善するための簡易な神経機能評価法の確立が期待される。