アイトラッキング認知機能評価アプリが医療機器製造販売承認取得 有用性・展望を武田朱公大阪大学准教授に聞く

武田氏

 大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学の森下竜一寄附講座教授や武田朱公寄附講座准教授らの研究グループが開発した世界初のアイトラッキング(視線計測)技術を用いた認知機能評価アプリ(日本製品名:ミレボ)が10月5日、医薬品医療機器総合機構(PMDA)より医療機器製造販売承認を取得した。
 アイトラッキング認知機能評価アプリは、約3分間映像を眺めるだけで、その視線の動きから低ストレス、簡易、客観的に認知機能を簡便に評価できる優れもので、日本初の医療機器製造販売承認を取得した認知症診療を支援する評価アプリとして大きな期待が寄せられている。そこで、同アプリ開発の中心的役割を担ってきた武田氏に、開発経緯やその有用性と今後の展望を聞いた。

深度センサと顔認証技術を利用したアイトラッキングアプリ (2022年12月号 科学雑誌「ネイチャー」より転載)


 アイトラッキング技術を用いた神経心理検査用プログラムは、もともと研究所の高精度なアイトラッキング機器を用いた開発研究からスタートした。だが、開発途中から「世界中の人々に繁用してもらうために、ハードをではなく、iPadやスマートフォンなど既存のプラットフォームで使用できるソフトウエア作りにシフトされた」(武田氏)。
 その後、アイトラッキング式認知機能評価ソフトの実用化を進める大阪大学発ベンチャーのアイ・ブレインサイエンス(本社:大阪府、社長:髙村健太郎氏)が、医療機器製造販売承認を取得するための臨床試験を複数病院で実施し、臨床試験終了後の2021年末にPMDAに承認申請を行い、本年10月5日に製造販売承認を取得した。
 武田氏は、「認知症の診断補助に用いる認知機能評価用のプログラム医療機器として日本で初めて承認された。アイトラッキング形式の認知症診断補助機器としては、世界初の規制当局から承認を受けたアプリとなる」と胸を張る。
 ミレボは、大塚製薬と日本国内での独占販売契約を締結しており、今後、保険適用の手続きを行い、来年度には全国の医療機関に販売開始する予定だ。
 認知症の診療は、認知機能検査がスタート地点となるのは言うまでもない。だが、認知機能検査の従来法(MMSE)は、10~20分程度医師との対面による問診形式で行われるため被験者の精神的ストレスが大きく、医師の労力的負担にもなっていた。
 加えて、「ここはどこですか」など、簡単な設問から始まるので、被験者のプライドを傷つけるケースも少なくなく、医師などの専門知識を有する熟練した検査者を必要とするなどの課題もあった。

 こうした課題を解決し、「簡単」、「短時間」、「高精度」の認知機能評価を実現したのが、目の動きを利用した新しい認知機能検査だ。3分間眺めるだけの認知機能検査の流れは、①図形や計算を用いた問題など、認知評価佑タスク映像を提示、②視線検出技術による目の動きを定量記録、③視線データに基づいた認知機能をスコアリングするというもの。
 タブレット端末にApp Storeからインストールしたアプリを用れば、約3分間でこうした検査が簡便に実施できる。
 画面に表示される質問に沿って被検者が正解の箇所を見つめることにより、データを自動的にスコア化し、定量的かつ検査者の知識や経験に依存せず客観的に評価することができるのが同システムの特徴だ。
 こうしたアイトラッキング認知機能評価アプリの研究成果は、2022年12月号の科学雑誌「ネイチャー」にも掲載された。
 武田氏は、「従来の問診による対面での検査では、高齢者に多い難聴の人に伝わり難いという課題があった。また、怖そうなドクターだと緊張して被験者の実力が発揮できないケースもあり、検査のシチュエーションによって結果にバラつきが出た」と指摘する。
 その点、アイトラッキング式認知機能評価アプリは、「音声を介さない検査方法であるため難聴の人も使用でき、客観的な評価を可能とする」。

アジアの発展途上国に多い認知症

 映像を見るだけで言葉に依存しない検査のため、「海外展開を行いやすい」、「端末さえあれば世界のどこでも稼働できる」のもアイトラッキング認知機能評価アプリの見逃せない特徴だ。
 では、認知症は、世界のどこで増えているのか。東南アジアの経済的に豊かでない国で増え続けているのが現状である。
 認知症患者は、2050年には世界で1億3000万人超に達すると予測されており、特にアジアにおける発展途上国の患者増加が顕著である。同地域での認知症患者は、1億3000万人の2/3以上を占めるようになると言われている。
 こうした諸国では、認知症の診断や治療に十分なコストをかけることは出来ない。従って、認知機能検査には、「安価」、「特殊な機械が不要」、「短時間(3分以内)」、「言語依存性が低い」などの条件が求められる。
 認知症の根本治療法は確立されてないが、早期発見・介入により発症・進行予防が可能であることを示すエビデンスが蓄積されている。
 さらに、認知症の診断率は、先進国でも約50%、開発途上国では10%を下回ると報告されており、認知症が急増する中、アイトラッキング認知機能評価アプリのような早期発見を促す‟簡易検査”の重要性はより増加している。
 武田氏は、「アイトラッキング認知機能評価アプリは、当初から海外展開を見据えて開発してきた」と明かす。実際、今年に、米国、韓国、中国、台湾、ベトナムでの特許が成立している。「共同臨床研究を推進して、それぞれの国で医療機器、サービス品としてアイトラッキング認知機能評価アプリを使って貰える」展開が進められている。なお、欧州は、臨床試験準備中である。

アイトラッキング式認知機能アプリによる高齢者の運転免許適検査効率化も期待

 医療以外でのアイトラッキング式認知機能アプリの応用も注目されている。その具体例として、「住民健診でのスクリーニング検査」、「老人ホーム・介護」、「施設での利用」、「健保組合・保険リスク評価」、「運転免許センターでの利用」、「医療機関(診断)、製薬会社(治験)での利用、「事業会社での利用(タクシー・バス等の高齢者ドライバー、転職など)」などが挙げられる。
 住民健診は、福島県の高齢者健診で好評を得ている。運転免許センターでの利用では、高齢者の運転免許適正検査の効率化に対する期待が大きい。 
 実際、2年前に警察庁が増加する高齢者の運転免許の適性検査に対応するための最新の検査機器導入を検討している。当時、「アイトラッキング式認知機能アプリ」と「問診の会話音声をテキスト化して検査するアプリ」(2社)の3製品が候補に挙がり、その中でアイトラッキング式認知機能アプリが有望視された経緯がある。
 「今回、医療機器の承認が取れたので、高齢者の運転免許適正検査検査への導入を進めていきたい」と話す武田氏。さらに、「現行の高齢者の運転免許適性検査の点数とアイトラッキング式認知機能アプリによる検査結果の相関性を検証する臨床研究を実施しており、高い相関性が得られている」と力を込める。
 タクシーやバスの事業会社も、高齢者ドライバーが増加する中、ドライビングの安全性確保においてアイトラッキング式認知機能アプリは欠くことのできない代物となるだろう。

ADHDやうつなどの神経系疾患への応用研究も推進

 アイトラッキング認知機能評価アプリは、認知機能検査だけでなく、ADHDやうつなどの神経系疾患や、他の疾患領域への応用も可能だ。武田氏らの研究グループは、「ADHDやうつ病のタスクを作製してその解析を進めており、製薬企業を始めとする共同研究の相手を幅広く募集している」
 また、同アプリは、スクリーニング的役割を担うものであるが、「アルツハイマーや血管性など認知症のタイプを見分ける手掛かりとなる第2世代のアプリ作成にも着手している」

‟認知検査の世界的スタンダード”を目指して

 最後に武田氏は、「今回、アイトラッキング式認知機能アプリの製造販売承認を取得して全国の医療機関で使って頂ける状態になり、開発当初の目標の一つが達成できた。この新しい手法が認知症の医療現場に上手く進展してほしい」と強調する。
 さらに、「我々が作製した日本発のアイトラッキング認知機能評価アプリが世界でも繁用され、‟認知検査の世界的スタンダード”となることを切望している」と訴えかけた。

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