肥満・メタボを誘発する脳内アミノ酸トランスポーターを発見 岐阜大学

抗肥満薬開発など革新的治療方法への応用に期待

岐阜大学高等研究院One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター(COMIT)の檜井栄一教授らの研究グループは、米国国立衛生研究所(NIH)との共同研究により、脳内アミノ酸トランスポーターが肥満センサーとして働くことを発見した。 脳内アミノ酸トランスポーターAT1は肥満センサーとして働き、その機能異常により、肥満・メタボが誘発されることが明らかになったもの。
 肥満は“万病のもと”であり、原因の解明や新たな予防・治療法の確立が望まれている。こうした中、檜井氏らは、視床下部神経細胞のLAT1の働きを抑えると交感神経系の不活化を介して、肥満やインスリン抵抗性などが誘発されることを発見した。
 視床下部神経細胞のLAT1は、mechanistic target of rapamycin complex-1(mTORC1)経路を介して、全身エネルギー代謝を調節していることが分かった。これらの研究成果により、脳内アミノ酸トランスポーターが、肥満やメタボリックシンドロームに対する新しい治療標的となることが期待される。これらの研究成果は、米国学術雑誌『JCI insight』に掲載された。
 肥満は、体脂肪が過剰に蓄積した状態で、“肥満は万病のもと”と言われるように、糖尿病,高血圧,心疾患,がん,脳卒中などの数多くの疾患の“もと”になり、我々の健康寿命のみならず平均寿命を縮める。
 食生活の欧米化、様々なストレス、生活習慣の乱れ、あるいは運動不足などにより、肥満人口は年々増加しており、肥満に対する画期的な予防・治療法の確立は本邦での喫緊課題となっている。栄養素の一つであるアミノ酸は、タンパク質合成の材料としての受動的な働きだけではなく、シグナル伝達分子として能動的に働いている。アミノ酸シグナルの開始には、アミノ酸トランスポーターを介したアミノ酸の細胞内流入が欠かせない。
 l-type amino acid transporter 1(LAT1)(遺伝子名:Slc7a5)は、ロイシンやイソロイシンなどの分岐鎖アミノ酸を細胞内へ輸送するアミノ酸トランスポーターである。
 同研究では、神経細胞のアミノ酸トランスポーターLAT1の不活化が肥満を誘発することを発見し、LAT1が脳内アミノ酸バランスを感知し、体重コントロールに重要な役割を担っていることを世界で初めて明らかにした。
 同研究成果は、脳内アミノ酸トランスポーターを標的とした肥満・メタボリックシンドロームに対する新規治療法の確立に貢献することが期待される。研究成果の概要と今後の展望は、次の通り。

【研究成果の概要】

 脳の視床下部では、神経細胞がアミノ酸を含む様々な栄養素を感知・統合し、内分泌系や自律神経系を介して、体温、血圧、摂食、生殖、睡眠・覚醒などの多様な生理機能を精密に調節している。
 だが、「視床下部の神経細胞がどのようにアミノ酸バランスを感知し、どのようなメカニズムで生体恒常性を調節しているのか?」については、よく分かっていなかった。
 そこで、研究グループは、まず、遺伝子改変マウスを用いて、「視床下部神経細胞の LAT1 はどのような機能を担っているのか?」を検討した。視床下部神経細胞の LAT1 を特異的に欠損させたマウス(LAT1欠損マウス)を作製し、その表現型の解析を行った。
 その結果、LAT1欠損マウスは、肥満やインスリン抵抗性などの様々な代謝異常を呈することが分かった(図 1A - E )。

図1:視床下部神経細胞のLAT1欠損により、様々な代謝異常が誘発される。

 次に、「なぜ視床下部神経細胞のLAT1の働きを抑えると、様々な代謝異常を呈するのか?」を明らかにするため、代謝異常に先駆けて起こる変化を詳細に解析した。
 その結果、LAT1欠損マウスでは、肥満を呈する前から交感神経系の不活化が認められる(図1F)とともに、視床下部神経細胞でのレプチン抵抗性が確認された。
 最後に、「視床下部神経細胞のLAT1がどのようなメカニズムで全身エネルギー代謝を調節しているのか?」を検討した。組織学的解析から、LAT1欠損マウスの視床下部神経細胞では、mTORC1経路が不活化していることが分かったた。
 さらに、遺伝学的なmTORC1経路の活性化によって、LAT1欠損マウスで観察される様々な代謝異常が著明にレスキューされることが分かった。
 同研究成果より、視床下部神経細胞のLAT1は、脳内アミノ酸バランスを感知し、mTORC1シグナル経路を介して交感神経系を調節することで全身エネルギー代謝調節に重要な役割を果たしている作用機序が明らかになった (図 2 )。

図2:同研究成果のまとめ: 脳内アミノ酸トランスポーターLAT1は、肥満センサーとして働き、その機能異常により肥満・メタボが誘発される。

【研究成果の意義・今後の展開】

 令和元年の「国民健康・栄養調査」によれば、本邦の肥満(BMI≧25 kg/m2)の割合は、男性33.0%、女性22.3%に上り、実に成人の3~4人に1人が肥満である。肥満に伴い。糖尿病、高血圧、心疾患、がん、脳卒中、睡眠時無呼吸症候群、月経異常など様々な疾病を合併しやすくなる。
 同研究成果は,「肥満センサーとしての脳内アミノ酸トランスポーター」という新しい概念を提供するとともに、「栄養素の感知・統合による中枢性の体重コントロール」に新たなエビデンスを付与する。
 さらに、同研究成果を展開することで、肥満やメタボリックシンドロームに対する革新的治療法の提供に繋がることが期待される。

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