新潟大学脳研究所脳神経内科学分野の上村昌寛非常勤講師、小野寺理教授らの研究グループは、日本人の重い脳小血管病の背景にある遺伝子異常の頻度を明らかにした。その結果、遺伝性の背景がある人の90%以上はNOTCH3、HTRA1及びABCC6の3遺伝子によることを発見した。この成果により、日本人の脳小血管病の遺伝子診断の方法を提唱した。同研究成果は、今後の脳小血管病の診療に寄与するものと期待される。
脳の血管には、太い血管と、細い血管がある。脳の細い血管の異常は、高齢者で多く、この血管が痛むと、頭の回転の悪さや、歩行時のふらつきなどを起こす。これらは、総称して脳小血管病と呼ばれ、脳血管性の認知症の一部である。
脳小血管病は加齢が最大の危険因子です。だが、何故、この血管が傷む人と傷まない人がいるかは、解っていない。
一方で、遺伝子の異常で、脳小血管病が起こることが知られている。これらの遺伝性脳小血管病は、NOTCH3変異で生じる皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体顕性脳動脈症(CADASIL)(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4445、指定難病124) やHTRA1変異で生じる禿頭と変形性脊椎症を伴う常染色体潜性白質脳症(CARASIL)(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4550、指定難病123)が代表的である。だが、これらは大変稀と考えられていた。
同研究グループは、遺伝歴の有無を問わず、日本人の重い脳小血管病の方の臨床情報等を全国より収集し、日本人の脳小血管病の種類や頻度を明らかにした。その上で、遺伝性脳小血管病を特徴付ける臨床情報を抽出し、遺伝性脳小血管病の診断アプローチを提唱した。
今回の研究では、日本全国の施設から重い脳小血管病症例の臨床情報・画像情報、及び遺伝子検体を収集した。収集した情報から、55歳以下で発症した人々(Group1)、56歳以上で発症し家族歴を認めた人々(Group2)に分類した。
収集した全検体に対して、NOTCH3とHTRA1の遺伝子検査を実施した。NOTCH3とHTRA1の遺伝子変異を認めなかった検体に対して追加で全エクソン解析を実施し、脳小血管病の原因遺伝子に異常がないかを検討した。
対象患者は106例(Group1は75例、Group2は31例)で、50名に何らかの遺伝子変異を認めた。認められた遺伝子変異としては(図1)、NOTCH3が60%と最も多く、続いて、HTRA1が22%、ABCC6が12%でした。これら3遺伝子の変異を合計すると94%となり、日本人の遺伝性脳小血管病の原因遺伝子の殆どはこれら3遺伝子が占めていることが明らかになった。
ABCC6変異は皮膚や眼病変、時に脳梗塞を引き起こす弾性線維性仮性黄色腫(指定難病166)(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4580)という常染色体潜性遺伝性疾患の原因遺伝子である。 今回、この変異が顕性でも脳小血管病を起こしうることを見出した。
続いて、Group1を決定木という手法を用いて、臨床症状や画像情報から遺伝性脳小血管病症例と診断のつかなかった例(未診断症例)を分類可能か試みた。その結果、第一度近親の家族歴、高血圧、発症年齢≦43歳という3つのノードを使って4つのグループに分類することができた(図2)。
グループ別でみると、①第一度近親の家族歴がなく、高血圧を認めるグループと②第一度近親の家族歴がなく、高血圧を認めず、発症年齢>43歳のグループでは、遺伝性脳症血管病の頻度は20-33.3%と少なく、認められた疾患はCADASILとヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病のみであった。
一方で、③第一度近親の家族歴がなく、高血圧を認めず、発症年齢≦43歳のグループと、④第一度近親の家族歴のあるグループでは、遺伝性脳小血管病を70%以上認め、CADASILやヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病以外にも複数の疾患が認められた。
これらの結果から、①日本人では遺伝歴を問わず、一定数、遺伝性の脳小血管病が存在する、②遺伝性脳小血管病はNOTCH3、HTRA1、ABCC6の3遺伝子で殆ど診断可能であること、③遺伝性脳小血管病患者のスクリーニングには、第一度近親の家族歴、高血圧、発症年齢の3つの情報が重要であることが明らかになった。
これらの結果を踏まえて、日本人における遺伝性脳小血管病の診断アプローチを新たに提唱した。
同研究により、日本人脳小血管病の背景にある遺伝子としてHTRA1とABCC6が高頻度に認められることが明らかになった。近年、HTRA1は遺伝歴のない脳小血管病にも影響することが知られるようになり、脳小血管病の重要な危険遺伝子として世界中で関心が高まっている。
一方で、ABCC6は弾性線維性仮性黄色腫の原因遺伝子として知られていましたが、脳小血管病との関連性については十分に明らかになっていない。今後、変異している遺伝子が関係する病態に応じた最適な診断・診療の開発が可能になると考えられる。