川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は22日、「社会実装を加速させるバイオベンチャーのエコシステム」をテーマにWeb公開セミナー(COINS セミナー#56)を開催した。セミナーでは、Forbes Japan「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング 2021」第2位に選ばれた安西智宏氏が、イノベーションの「死の谷」を超えるためのベンチャーやベンチャーキャピタル(VC)が果たす役割や、世界のベンチャーエコシステムのトレンドを紹介。その上で、「iCONMやCOINS発ベンチャーの活躍は、キングスカイフロントが世界で存在感を示すクラスターに発展する起爆剤となる得る」と強調した。
iCONMは、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、川崎市産業振興財団が事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始した。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行える最先端の設備と実験機器を備える。
iCONMは、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設で、文部科学省・科学技術振興機構「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の川崎拠点(COINS)として2045年までに「体内病院」の確立を目指している。
安西氏によるとグローバルでは圧倒的速度で年々バイオ投資額が増加している。2020年(総額200$B)は2010年~2012年(同50$B)に比べて4倍近く成長しており、近年のアジア、特に中国の成長が著しい。
世界のベンチャーエコシステムのトレンドをみると、世界のクラスター№1のシリコンバレー、№2のボストン、№3のがサンディエゴでは、いづれも①テクノロジー、②タレント(才能)、③トレーランス(懐の大きさ)の3要素がうまくかみ合って人を引き付け、魅力的な都市を形成してクラスターとしての機能を発揮している。米国のバイオ産業は成熟しており、ネットワークの内側に居る必要がある。
一方、2020年の世界のスタートアップエコシステムランキング15位にランクされている東京は、コネクトネスが極めて弱いのが弱点である。さらに、イノベーションの「死の谷」を超えるためにベンチャーやベンチャーキャピタル(VC)の果たす役割が大きいものの、大学の研究者や臨床拠点にとっては、実用化に向けた橋渡しが大きな悩みの種となっている。
だが、日本の創薬ベンチャーの開発中・申請中のパイプライン数は、現在、2018年176件、2019年248件と、2016年までの90件程度に比べて大きく伸長している。
2019年の増加要因としては、①日本医療研究開発機構(AMED)の支援により多数の医師主導治験が立ち上げられた、②長年の開発シーズの着々とした進展、③ファンドによる資金調達改善により、未上場ベンチャーが資金を集めやすくなったーなどが挙げられる。加えて、近年は、大学発ベンチャーブームで、適度な新陳代謝が行われながら大学発ベンチャーは増加傾向にあり、中でもバイオ・ヘルスケア27%と医療機器7.9%と両分野で35%程度のシェアを誇り、今後も拡大が見込まれる。
ベンチャーへの資金の出し手であるベンチャーキャピタル資金も、2029年には過去10年間で最高水準となった。グロービスやジャフコ等の大型ファンド組成も堅調で、現時点でも投資余力は大きい。コロナ禍においてもファンドが形成されており、多種多様なベンチャーキャピタルが総額4000億円、5000億円の投資をしているため、継続的な投資が進んでいくとみられる。
こうした中、ベンチャーキャピタルの機能は、「果報は寝て待て」ではなく、投資前にも長期間のインキュベーションや投資後の経営支援があり、時に投資判断も重要となる。赤字先行の医療系ベンチャーでは、実用化まで橋渡しし得る「資金調達支援」は最重要な役割であり、シーズの世界的な競争力や外部から調達資金可能かが大きなカギである。
ベンチャーの事例の一つに、2015年12月に設立されたCOINS発のアキュルナがある。DDS技術を用いた核酸医薬品等の研究を推進するアキュルナは、設立以降、ベンチャーキャピタル・事業会社より資金調達し、2020年9月1日、ナノキャリア社に買収された。
買収相手のナノキャリア社とアキュルナは、関連・相補的なコア技術(薬剤伝達)を保有し、総合シナジーが期待される。
また、ゲノム編集技術を活用した医薬品開発を行う東大発ベンチャーのモダリスは、研究、事業、資金調達、人材面の環境が整備されている米国ボストンを中心にR&D、ビジネスを展開。2020年8月3日、東京マザーズ市場に新規上場した。上場時価総額は、公開初日終値2230円ベースで606億円、8月下旬には1000億円を超えた。
モダリス上場のハイライトは、「2020年初のバイオベンチャー上場」、「コロナ下での2020年8月上場」、「機関投資家からの“買い”と株価上場」、「ノーベル化学賞(2020年10月)」である。モダリスは、「会社設立わずか4年半でのIPO」、「ユニットエコノミクスが成立」、「黒字上場」と、ステレオタイプを打破した。
米国のバイオベンチャーの事例では、新型コロナRNAワクチンを開発したモデルナが、Flagshipの出資及び同社が保有する研究施設での強力なインキュベーションにより急成長を遂げた。製造自動化のためAmazonのクラウドサービスAWSを採用するなど、IT企業としての側面もモデルナの成長の大きな要因となった。
欧州バイオベンチャーの成功例には、こちらも新型コロナRNAワクチンを開発したビオンテックがある。ファイザーが最終的に商業化し、今、日本で医療従事者向けに打たれている新型コロナワクチンだ。
ビオンテックは、創業者がサイエンス及びビジネスの両面について高度な経験・専門性を有しており、設立初年度から巨額の資金(220億円)を調達し、研究開発に注力することが可能であった。さらに、2019年に上場し、大型資金を獲得した。
ビオンテックでは、AI技術を保有する企業との共同ラボを設立し、重点投資を実施。多くの創薬企業が取り組むAI技術のみならず、製造ラインやサプライチェーンの最適化にもフォーカスしている。
これらの事例を総括すると、海外、特に米国では、ベンチャーキャピタルがもたらす圧倒的な資金量と経験・人材の蓄積により、バイオベンチャーが確信的医薬品を送出している。
米国では、専門性の高い投資家がたくさん存在するため、製薬企業を頼らなくても資本市場だけでも薬が作れる可能性がある。だが、日本は、サイエンスを理解して長期的な投資を行うプレーヤーが質・量ともに圧倒的に不足している。
サイエンスは、グローバルな共通言語であり、日本発の技術と海外市場を繋ぐビジネスモデルにも活路を見出せる可能性がある。
こうした中、プロジェクトCOINSでは、産学官の研究機関からの知見やアイデアを融合させながら、イノベーション創出に取り組んでいる。アカデミック研究組織では、研究成果を着実に社会実装し、ライセンシングアウトなどによる知財収入を研究資源に還流させる自律的なインキュベーション機能が必要不可欠である。
また、COINSが推進する「異分野連携」は、これからの国内バイオベンチャーのキーワードとなるだろう。
コロナ禍においても、世界のバイオベンチャーは奇跡的なスピードで研究開発を推進し、世界に大きな福音をもたらそうとしている。ベンチャーエコシステムは、一朝一夕には構築されない。地域資源のリアルな接点を大切に、優れた実例を継続的に発信し続ける必要がある。
iCONMやCOINS発ベンチャーの活躍は、キングスカイロフロントが世界で存在感を示すクラスターに発展する起爆剤となり得る。キングスカイロフロントが国際的なネットワークに入り込むためには、「村社会」を作らず、国内・海外クラスターとの有機的な連携が不可欠となる。