新型コロナウイルスのヒトへの感染の際に受容体として機能するACE2の発現量を低下させる「プロピオン酸及びプロピオン酸Na」に、新型コロナウイルス感染予防、および重症化を効果的に防止できる可能性が期待できる。福井大学医学部の藤枝重治教授(感覚運動医学講座耳鼻咽喉科・頭頸部外科学)、高林哲司講師(同)が、17日に同大学で開いた記者説明会で明らかにしたもの。
会見で高林氏は、「本研究では、プロピオン酸及びプロピオン酸Naが気道上皮細胞のACE2受容体を減少させることをヒト気管支上皮細胞(NHBE)およびヒト鼻粘膜上皮細胞を用いたin vitroで明らかにした」と説明。藤枝氏は、「本成果の特許は出願済みであるが、研究段階のものであり、実用化にはさらなる開発が必要である」と強調し、「プロピオン酸及びプロピオン酸Naを応用した鼻腔内への噴霧液、うがい薬などの予防製品の開発を目指す企業募集」を呼びかけた。
2019年3月に中国で発生したCOVID-19は「SARS-CoV-2」が原因ウイルスであり、その高い感染力から瞬く間に世界中に広がり、本年3月にはWHOがパンデミック宣言した。
COVID-19は、同じコロナウイルス感染症であるSARSやMARSと比較して致死率は低いものの人から人への感染力が非常に強い。世界の感染者数はSARSが8000人、MARSが2500人であったのに対してCOVID-19は5400万人を突破し、現在も急激に増加し、市中感染が多いこともCOVID-19の特徴となっている。その理由は、2002年のSARSは、炎症の中心が下気道の肺で、ウイルスはそこで増殖するため排出までに時間を要する。従って、症状が出た後にヒトにうつることが感染力の低さに繋がっている。
一方、COVID-19は、炎症の初期は鼻腔や喉の炎症が中心のため、上気道でウイルス感染や増殖が起こり、ウイルス感染後の症状を自覚する前、または症状が軽い時期にウイルスが排出されるので、患者の隔離が難しく非常に感染力が高い。感染後は、軽症であればそのまま治癒するが、重症化した場合は、下気道に入って重篤な肺炎を惹起する。
1.プロピオン酸及びプロピオン酸Naによって気道上皮細胞のACE2の発現が抑制される 2. プロピオン酸及びプロピオン酸Naはウイルス感染によって放出されたdsRNAによる気道上皮のACE2量の増加を抑制する
SARS-CoV-2は、ウイルスのエンベロープ(外膜)に存在するスパイクタンパク質がヒトの細胞膜の表面に存在するACE2に結合し細胞へ侵入する。ACE2を介した感染様式はSARSや風邪症候群の原因ウイルスであるcoronavirus NL63の感染の際にも認められる。
だが、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のACE2の結合力は物凄く強く、結合力の強さはSARSウイルスに比べて約20~30倍と言われている。このSARS-CoV-2のACE2の結合力の強さが、感染力の強さに関与している。
さらに、ACE2の発現量やスパイクタンパクに対する親和性はウイルスの増殖率や重症度に影響することも判っている。ACE2発現量の増加は、喫煙者、糖尿病、心血管系疾患の患者で増加しており、これらはいずれもCOVID-19の重症化のリスクであることが報告されている。
新型コロナウイルスのヒトへの感染の際に受容体として機能するACE2の発現は、上気道、下気道両方に認められるものの上気道、特に鼻腔粘膜上皮に最も多い。このことは、鼻腔粘膜上皮はSARS-CoV-2感染の最初のターゲットであり、ここでウイルスが複製され増殖することで、感染者の重症化、さらには他人への感染へと繋がるものと予測される。
また、COVID-19が生体に感染する際にはdsRNA (double strand RNA、二重鎖RNA)が多量に生じる。培養気道上皮細胞を用いたin vitroの研究により、dsRNAはACE2を増加させて、より感染力を強めることが判明している。さらに、風邪ウイルスにもACE2の発現増加作用があるため、風邪に掛かれば二次感染でCOVID-19に感染しやすくなる。
これらの事項より、鼻腔粘膜上皮におけるACE2発現を効果的に減らせば、COVID-19の感染の予防および重症化を効果的に防止や、感染力を低下できる可能性があると考えられる。
藤枝氏らの研究グループは、これまで鼻の粘膜の免疫応答メカニズムの研究を推進し、100以上の関連サンプルを有する。これらのサンプルを用いて、鼻腔粘膜、気道粘膜においてACE2の量を下げる物質を検討した結果、「プロピオン酸及びプロピオン酸Naが、dsRNA刺激によって増加したNHBE細胞におけるACE2の発現量を抑制し、高濃度ではdsRNA刺激がない状態と同レベルにまで抑制する」ことが判明した。
プロピオン酸は、腸内で産生される短鎖脂肪酸の一つで、工業的にも大量生産されている物質である。プロピオン酸、およびプロピオン酸Naは添加物として使用されている物質で安全性に関しても大きな問題はないと考えられる。
高林氏は、「実際の使用方法としては鼻腔内への噴霧 液、うがい薬などへの応用が可能である」と明言し、藤枝氏は「同研究成果を実用化してくれる企業募集」を呼び掛けた。