武田薬品、第一三共、協和キリン、参天製薬は28日、4社協働の第1回「Healthcare Café」を「聴覚障がい」をテーマに開催した。2022年に4社が開始した同活動は、病気や障がいを持つ患者と製薬企業の社員が対話・交流を通じてお互いを知り、患者の視点を医薬品の研究および開発に活かすPatient engagement(患者との協働)の実践を目的としたもの。
今回は、神谷和作順天堂大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科学准教授による難聴治療に関するレクチャーの後、池田勝久同大学名誉教授同席のもと、聴覚障がいを持つ当事者4名および製薬会社の研究開発担当者によって事前に実施した座談会から得られた気づきや同活動における取り組みが発表された。また、ディスカッション形式で聴講者を交えて意見交換も実施された。
近年、患者の声を取り入れ、患者と共に医学研究や臨床試験を進める Patient Engagementの重要性の認識が高揚し、わが国でも産官学において実践する動きが少しずつ広がり始めている。
その一方で、国内製薬企業における実践は黎明期にあり、各製薬会社が試行錯誤しながら進めており、成功事例やノウハウの蓄積には時間を要している。また、医薬品の臨床試験への患者の参画と比べ、非臨床研究段階からのPatient Engagementに関する報告は世界的にもほとんど無いのが現状だ。
こうした中、「Patient Engagementの必要性を認識し、患者と協働しながら創薬活動を進めていきたい」との想いを同じくする武田薬品、第一三共、協和キリン、参天製薬の4社が協力し、患者との対話の機会を各社が順番に提供することで成功事例やノウハウの蓄積加速を目指した新しい取り組みとして「Healthcare café」が始動した。
Healthcare caféは、第2回目以降、第一三共、参天、協和キリン、武田のローテーションで年4回開催されるが、4社では、「毎月開催するのが理想的」とし、「開催趣旨に賛同する製薬会社を始めとする企業やアカデミーに広く加わってほしい」と呼びかけている。
同活動によって、患者の視点やニーズを製薬企業の研究者や開発担当者がより深く正しく理解し、さらに研究プロジェクトや戦略への反映させることで、患者ニーズに即した革新的な医薬品創出の実現が期待される。
加えて、これまで実践が少なかった非臨床研究段階からの Patient Engagement の実践的な知見を明らかにすることで、非臨床におけるPatient Engagementの推進にも寄与すると考えられる。
同活動は、患者との対話から得た気付きを創薬の研究段階に応用しようとしている点と、その活動を複数の製薬企業が協働で行ってラーニングを加速しようとしている点において世界的にもユニークな取り組みである。製薬企業は「患者さんのために創薬する」から「患者さんとともに創薬する」へと舵を切り始めている。
第1回「Healthcare Café」では、神谷准教授が、「聴覚障がいメカニズム、治療薬研究状況について基調講演した。その後、聴覚障がいを持つ当事者4名および同企画に参画の製薬会社の研究開発社員でパネルディスカッションを展開。
最後に、聴覚障がいを持つ当事者4名、神谷氏、池田誉教授をメンバーに質疑応答、意見交換が実施された。
神谷氏は、基調講演の中で外耳・中耳・内耳の障害、難聴の種類について解説。内耳の障害は、「感音難聴(音の振動を神経活動に替えられない)」、「手術ができない」、「観察できない(原因・経過がわからない)などの特徴を指摘した。
外耳・中耳の障害では、「伝音難聴(音の振動が伝わらない)、「手術ができる」、「 観察できる(原因・経過がわかる)」などの特徴を挙げた。
その中で、内耳の障害について、「これまで根本的治療法・治療薬は存在しなかったが、バイオ技術・バイオ医薬品の可能性がある」と明言。具体的な手法として、「iPS細胞を使った疾患原因の探索による薬の選抜」、「正常な遺伝子を送り込んで補充する遺伝子治療」、「変異した遺伝子を正常に書き換えるゲノム編集技術」、「iPS細胞から作った内耳の細胞の補充」などを紹介した。
さらに、難聴の医薬品開発を可能にする難聴モデル細胞と薬剤開発技術、内耳へ遺伝子を届けるAAVベクターの開発、進行中の軽度難聴 ・中等度難聴向けの「低分子医薬品」、「中分子医薬品」、及び高度難聴・重度難聴向けの「中分子医薬品」、「遺伝子治療薬」、遺伝性難聴のゲノム編集治療、内耳細胞の再生医療の現況についても言及した。
パネルディスカッションや質疑応答では、当事者側から「治療薬は、まずはどのくらい効くのか、どのくらい自分の思うライフスタイルが取れるのかが重要になる」、「耳鳴りがさらにひどくなるなど、聞こえ方が現状より酷くなる副作用は受け入れられない」、「できるだけ自分の聴覚を良くしたいと考えているので、リスクと効果を比較して自分に合った治療を選択したい」、「補聴器を使わずに音を自然に聞き分けられる状況を望んでいる」などの要望が出された。
これらの要望に対して、池田氏は、「難聴の当事者のありのままの生活の悩み、困った経験を真摯な形式で聞けたのは、非常に有意義であった。これまで難聴は、創薬に向かなかったが、ようやく日の目が当たった。社会実装に向かって推進できることを望んでいる」と訴求した。
その他、Healthcare Café参加者の感想は、次の通り。
・「創薬はこれまで分子でしか見ていなかったが、Healthcare Caféに参加して当事者のニーズが判ってきた。薬の実用化が当事者のどのニーズを解決していくのかよく理解できた」(研究開発社員)
・「当事者の困りごとを聞くことで、薬剤だけでなくたくさんの解決方法があるように思った。薬にフォーカスを当てていたが、色々なニーズを聞いて、様々な業界の人が参加することで、多くの選択肢が生れるようになれば良い」(研究開発員)
・「補聴器ですべての聴覚障害に対応できないところに、治療薬ニーズがある」(研究開発員)
・「経口剤ではなく注射剤でも受け入れられるのが新たな気付き」(研究開発引)
・「これまでになかった当事者同士のコミュニケーションの場を作っていくことで、より発展的な話に繋がっていく。社会全体を巻き込んでこういった活動をつづけていくことが重要」(当事者)
・「聴覚障害が注目されたことが嬉しい」(当事者)
なお、第2回「Healthcare Café」は、第一三共が「がん経験者」をテーマに12月6日開催する。第3回は、「視聴覚障害」をテーマに、来年、参天製薬が担当する(開催日は未定)。