コラテジェンの有用性とHGF遺伝子治療の展望  森下竜一氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座教授)に聞く

 重症虚血肢を対象としたHGF(肝細胞増殖因子)遺伝子治療薬「コラテジェン筋注用4㎎」(一般名:ベペルミノゲンペルプラスミド)が、9月10日、田辺三菱製薬から上市された。同剤は、アンジェスが創生した世界初の血管再生遺伝子治療薬、国内初の遺伝子治療薬として大きな注目を集めている。そこで、コラテジェンの創製者でHGF遺伝子治療の生みの親でもある森下竜一氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座教授)に、同剤の開発経緯や有用性、HGF遺伝子治療の展望を聞いた。


 治療的血管新生の概念が提唱され出したのは1990年に入ってからで、1980年代後半には、アデノシンデアミナーゼ欠損症やがんに対する遺伝子治療が開始され、「夢の治療」として期待が高揚していった。
 その頃、循環器領域の遺伝子治療で最も実現性が高いとされていたのが「治療的血管新生」の概念で、1990年代前半には、タフツ大学(米国・ボストン)のイスナー教授が、世界で初めてVEGF(血管内皮細胞増殖因子)を用いた閉塞性動脈硬化の遺伝子治療に成功したと報告している。
 森下氏が米・スタンフォード大学(米国)に留学したのは1991年から94年の3年間で、その時既に「イスナー教授らが、VEGF遺伝子を用いて閉塞性動脈硬化の治療に成功したらしい」との噂が流れていた。当時から米国の動脈硬化の遺伝子治療マーケットが非常に大きかったのは言うまでもない。
 森下氏のスタンフォード大学時代の直属の指導教授が、「VEGF遺伝子治療をスタンフォード大学で行いたい」と言い出し、イスナー教授との交渉役に任命された。森下氏がその旨をイスナー教授に依頼したところ、「特許の関係で難しい」と返答された。
 VEGF遺伝子特許はジェネテックが有していたためで、「イスナー教授らがその特許を利用してベンチャー企業を設立するらしい」との声も聞こえてきた。
 森下氏は、「その時、特許がないと遺伝子治療の実用化は難しいと気付いた」と打ち明ける。
 94年に日本に帰国した森下氏は、大阪大学医学部における研究テーマとして「新しい血管再生遺伝子の同定と遺伝子治療の実現」を掲げた。
 この研究テーマは、森下氏が帰国直前に、中村敏一大阪大学医学部教授(当時)と「肝臓の最も強力な再生因子であるHGFは、血管再生機能の可能性を有する」検討を行った上での決定であった。実際、森下氏の研究により、「HGFの非常に強力な血管再生作用」が見い出され、用途特許を申請した。
 だが、HGFの物質特許は三菱東京製薬(当時)が押さえており、HGF遺伝子を用いて肝臓再生を試みる実験が行われていた。
 そこで、森下氏は、三菱東京製薬の富澤竜一社長(当時、その後三菱化学社長)と面談し、「日本でHGFの研究をしたいので、特許を使わせてほしい」と依頼し、HGF遺伝子物質特許のライセンシングの了解を得た。
 森下氏と富澤氏のファーストネームが同じ“竜一”であったこと、今回田辺三菱製薬から「コラテジェン」が発売されたことを考えると、非常に感慨深いものがある。
 こうしてHGF遺伝子の物質特許・用途特許を併せ持った森下氏は、HGF遺伝子による血管再生治療の実用化に向けて、1999年11月、大阪大学発のベンチャー企業「メドジーン」を設立。
 2001年には、商号をメドジーンからアンジェスエムジーに変更した。アンジェスは、HGF遺伝子が有する血管新生作用の「アンジオジェネシス(英語)」と、難病救済の天使を意味する「アンジュ(仏語)」を掛け合わせた造語で、それに、メドジーンの略語のエムジーを付けてアンジェスエムジーとした。
 2002年には、大学発ベンチャーとして初めてマザーズに上場。さらに、社名をアンジェスに変更して現在に至る。
 その間、HGF遺伝子による血管再生治療薬は、大阪大学の臨床研究を経た後、販売先として第一製薬(当時)との間で契約が締結された。
 P3試験はアンジェスが実施し、プラセボに対する安静時疼痛および、潰瘍サイズ減少で有用性が示された。これらのデータをもとに、国内承認申請したものの、「治験症例数(40例)が少ない」との理由で厚労省との話し合いが持たれて、一旦承認申請が取り下げられた。
 その後、新たな「期限承認付き承認制度」発足に伴い、先進医療Bのデータを付け足して再申請し、本年3月26日、日本で初めての遺伝子治療薬として認可された。
 「コラテジェン」は、日本初の遺伝子治療薬、世界初のプラスミドDNA、世界初の血管再生遺伝子治療薬、日本初の大学ベンチャーからのオリジナル医薬品など、初物尽くしの承認となった。
 9月4日には、1バイアル60万0360円で薬価収載され、9月10日発売に至った。   
 コラテジェンは、HGFを発現する5181塩基対からなるプラスミドDNAで、標的細胞である下肢の筋肉細胞内に取り込まれ、細胞内で転写・翻訳されて、HGFを産生・分泌する。
 HGFの血管新生作用によって、虚血部位の血管数と局所血流量を増加させ、虚血状態が改善される。
 効能・効果は、「標準的な薬物治療の効果が不十分で血行再建術の施行が困 難な慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症及びバージャー病)における潰瘍の改善」。
 既存の血管拡張剤や血小板剤で効果がない患者、あるいはPTA療法(バルーン療法)が困難な患者、他に治療法がない患者を投与の対象とする。
 用法・用量は、通常、成人には、投与対象肢の虚血部位に対して1カ所あたり同剤0.5㎎を8カ所に4週間間隔で2回筋肉内投与する(1回総計4㎎)。臨床症状が残存する場合は、2回目投与の4週後に3回目の投与を行うことも可能だ。
 主な副作用には、注射部位疼痛がある。他にも、大腸ポリープ、末梢性浮腫、四肢痛、C-反応性蛋白増加などが挙げられるが、「治験でプラセボと殆ど差がなく、安全性は高い」。投与時には、「血管造影による投与個所の確認」が不可欠となる。


 また、コラテジェンの製造販売承認は条件付きのため、「200例の全例使用成績比較調査実施」、「重症化した慢性動脈硬化症に関する十分な知識・治験経験を持つ医師のもとで、創傷管理を複数診療科で連携して実施している施設での使用」が求められている。
 全例使用成績比較調査は「5年以内」とされるが、担当する田辺三菱製薬は「3年」を目標としている。

アンメットメディカルニーズへの対応が大きな特徴

 コラテジェンの特徴について森下氏は、まず、「既存の方法では治療が困難な患者への貢献」、いわゆる「アンメットメディカルニーズへの対応」を強調する。
 さらに、「プラスミドの筋肉注射なので、身体への負担が少なく、外来対応も可能」、「バイパス手術や血管内治療に比べてコスト安(コラテジェン2回投与で約120万円)」などの利点を挙げ、「全例調査が終了して正式承認されれば、高齢者や透析患者のような侵襲をかけにくい患者のQOLに大きく貢献できる」と力説する。
 森下氏は、コラテジェンの今後の展開にも言及し、「治験で潰瘍改善効果とともに安静時疼痛改善効果も検討しており、効果が認められている」と報告。その上で、「アンジェスで安静時疼痛の臨床試験を進めて、適応拡大を測っていく」考えを示す。
 重症虚血肢の潜在患者数50万人と推定される米国についても、「FDAからファーストトラックの指定を受けている。米国の臨床学会からの注目度も高く、是非、早期に臨床試験を再開してほしい」と要望する。

ベクター活用でHGF遺伝子治療の難病への可能性を探求

 一方、HGF遺伝子治療の今後の展望については、「研究者としての見解」と断った上で、「製薬会社には、慢性動脈閉塞症の潰瘍だけでなく、病態が類似する糖尿病や褥瘡、自己免疫疾患などの難治性潰瘍に対しても遺伝子治療の応用を推進してほしい」と訴えかける。


 標的細胞内でHGFを発現させるプラスミドDNAは、投与部位が筋肉内に限定される。加えて、血管を徐々に再生させて安全性を確保するという点では優れれいるものの、より難治度の高い疾患に対しては「HGF遺伝子の発現量が少ない」という短所もある。
 この短所は、HGFをアデノ随伴ウイルスAVベクターに搭載することで、標的部位での多くのHGFの長期間発現が可能になり解決できる。
 ウイルスベクターにHGFを搭載した動物実験では、アルツハイマーや脳梗塞後の認知症、および心不全、心筋症といった心臓領域疾患に対する有用性が認められている。
 最後に森下氏は、HGF遺伝子治療の展望として、「プラスミドDNAをベースにした薬剤の適応拡大を図るとともに、アルツハイマー、脳梗塞、心筋梗塞、心不全、ALSなど難治性疾患へのウイルスベクターを活用したHGF遺伝子治療の可能性を探っていきたい」と抱負を述べる。

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